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『れいわ一揆』MoMAでのアメリカン・プレミアの4時間が過ぎた。興奮のまま、一瞬にして映画は終った! まぁ映画館での4時間のドキュメンタリー映画など、気が遠くなるほど長いという意識はあった。しかし見方を少しだけずらせて、時間を逆算すれば、昨年6月れいわ新選組がバタバタとでき、原一男監督がMoMAでの全作品公開を終えて、日本に帰られた2019年6月26日その日から撮影がスタート。参院選当日の7月21日までの1カ月弱を凝縮したものだ。映画というより『短縮タイムマシン』に乗ったと考えればひどく気楽になる。そして僕のなかで、そのタイムマシンのなかでの気楽な4時間は、笑いつづけているうちに一瞬に通りすぎていく。ポジティヴな政治に対する行動意識だけが残った。 ロッテルダム映画祭での観客のひとりが、安富歩教授の馬による選挙活動を見て、はなはだ短絡的だが「まるでクロサワ映画の再来!」と書いていた。ピカピカの『豪華な地獄』である日本の大都会に、馬という自然体動物を媒体に選挙するという教授の斬新なコンセプトからは、かなり離れた発想ではある。が、アメリカ人に異常な人気を誇る映画『七人の侍』は、野武士から村を救うという百姓一揆の物語で、そこに登場するクロサワの馬たちこそが、社会を自然体に戻すためのヒーローのようにも思えてくる。 『れいわ一揆』の映画は、われわれ=『現代の百姓たち』とともに、れいわの『10人の侍』が一揆を企てる物語である。この実にユニークな10人の侍たちは、10人それぞれの言葉で、われわれ百姓たちに『れいわ一揆』に参加するように説得をする。自らをド庶民(渡辺照子)と例える侍もいるように、大きな意味ではこの気が狂った社会で虐げられつづけた者たちの連合である。そして一揆に参加することを決めたひとりのド庶民は、この社会が自分より更なる弱者に溢れていることに気づいて唖然とする。 気づかせたのは、山本太郎と安富歩を含むれいわ新選組の、庶民出身の侍たち。そしてもうひとり、急遽3週間の撮影時間で、この意識を4時間の映像に綴じ込めた原一男監督の感性を忘れてはならない。差別されている者の側から、現代日本を鳥瞰的に視る視線にいつも感動している。 原一男監督のデヴュー作『さようならCP』では、CP(cerebral palsy・脳性麻痺)重症の主人公が延々と路上でダンスするシーンがある。それ以来、原の真摯な眼差しは、障害を持つ人びとの一挙手一投足を克明に追う。観ている者の涙さえ凍りつく。かれらはASL患者の舶後靖彦さん、重度障害者(CP)の木村英子さんという二人の車椅子侍の応援に来たのだが、文字盤を眼で拾い一文字づつ紡ぎ上げて言葉を生み出す作業に没頭する。まわりに群がる健常の応援者は、そのヴィジュアルが言葉と変わっていく作業を喰い入るように見ている。語ることすらままならない健常者との大きな差異は、今まで日本の社会全体が必死で隠そうとしてきた深い差別に繋がっている。今回れいわの二人の侍が参院に足を踏み入れたことは、大きな解放に繋がるだろう。 音はほかのすべてに先行して宇宙からやってくる。ドキュメンタリー映画なのに『音楽』と『音楽なし』が実に効果的に使われている。冒頭とエンディングに登場するテーマソングは、イギリス民謡 ”The Animals Went In Two By Two” 。『れいわ一揆』という方舟に乗りこむために、動物たちが2匹づつ、3匹づつ、4匹づつ、遠くから歩いてくる。(選曲:安冨歩+片岡祐介) アリの社会も、ハチの社会も、子どもを守り育てることが目的。 ※「かわいい子どもたちよ、どうして自殺など考えているのか。早く学校から、家から逃げ出してノアの方舟に乗りなさい」 「おじさん、そんなものどこにあるの? どこの河岸に止めてあるの?」 キラキラ光る道路には、マイクロプラスティックスが敷きつめてあり、夜になるときれいだけど、その光子たちは君たちの意識を変えてくれない。もう学校になんか行かなくていい、宿題なんかしなくていい。(※この部分は金魚の創作) 限りなく繊細な東大教授は、自分が子どものときにくり返し体験した自殺願望を思い起こしている。 ここに2011年に安冨歩が著した『生きる技法』という本がある。 【命題1-1】★自立とは多くの人に依存することである。 一見逆説的なこの命題は、次の数ページを読み込むと正論だと気づく。それは今まで信じていたオセロの盤上の黒駒全体が、一気に白駒に裏返るごとくである。 れいわ一揆とは、多くの他者に依存し、友だちとなり、自らはそれゆえに自立しているという革命、というように受けとった。 【命題2-5】★創造的構えに近づくべきである。 【命題2-6】★友だちは、友だちに紹介してもらえばよい。 創造的構えをもつ人には、創造的構えを持つ友だちがいます。その人とも友だちになればよいのです。もちろん、友だちの友だちの全員と友だちになる必要などありません。そのなかで気の合う人と友だちになればよいのです。そうやって、友だちの友だちと友だちになれば、また友だちの友だちの友だちを紹介してもらい、更に友だちの友だちの友だちの友だちを紹介してもらいましょう。 一人の友だちから三人の友だちができるとすると、 一人→三人→九人→二七人→八一人→二四三人 という具合に、あっという間に膨大な数の友だちができます。もしもあなたが三人の信頼できる互いに尊重しあえる友だちがいるとすれば、もはや孤独を感じることはないでしょう。(安冨歩『生きる技法』p-50 青灯社) マイケル・ジャクソンの「スリラー」の街かどでのダンスシーン。「莫大な著作権料が払えないので、音楽なしです。曲を想像して」という字幕に観客全員大爆笑。墓場(都心)でゾンビーの踊りがはじまると、これがまた実に異様な雰囲気。やっぱ、ここは豪華なジゴクだぁ! うぅ、コワ〜い! ◆BeHappyさんのツイート:音のないゾンビー踊りのシーンは、本当に怖かった。マイケルジャクソンが "Thriller "と題した理由がよくわかりました。Great Job!!! ◆原一男監督の返信ツイート:そうでしょ!音楽を入れないでダンスを踊っている人たちの息遣いと、何度も踊ってもらったせいで息切れで悲鳴のような声をダンスシーンの映像にかぶせたわけです。マイケル・ジャクソンが込めたかった意図が、より鮮明に浮かび上がったかな、と思っています。是非ご自分の目と耳で確かめて下さい。 #
by nyckingyo2
| 2020-02-16 00:03
| 悪魔の国からオニの国のあなたへ
『河が泣いている、森が泣いている、そして母なる大地が…』 ウィットニー・ビエンナーレで "Uh Oh, Look Who Got Wet" 『うわわわわぁ、この濡れたひとを見て!』を見た 宏大な大河のバックグラウンドに またしても ヘッセ『シッダールタ』を思い浮かべる ここには『船』も『船頭』もいないが その河の原風景が われわれの住む惑星全体を想起させる 子どもを抱いて河を渡ろうとしている母親がいる 母親は泣きながら水辺に撃ち込まれた国境杭を越えつつ どこかに逃亡しようとしている 泣いている母親の上腕から 千手観音のようにいくつもの腕が伸びる まだなにかがたりない 腕は欲望 まだたりない 腕はさらなる欲望 抱かれている子どもといえば 複数のアプリから綿密にブレンドされた モーフィング(滑らかに変形していく)マンガのようだ 日本製アニメの一齣半からこぼれ落ちた 『うごくおもちゃ』が狂ってうごく うごく その愛くるしく狂ってしまった子どもの顔は 気候変動のストライキで出会った たくさんの子どもたちに似ている グレタ・トゥーンベリの表情が その嘆きと怒りが 赤青メガネで立体のように炙り出る そうだこの親子は 格差と差別の両世界から グローバリズムと気候変動の両世界から 大河の水に撹拌されて 進むべき道にもたどり着けない 私たちの姿そのもの 此岸の土手には大きな死体が横たわる 母なる大地の死 上半身の森が燃えている 切断され 繋ぎあわされた下半身にも観自在菩薩が横たわる あらゆるネガティヴ想念から逃亡しつづけ すべてを宏大なる夢に置き換えようとする 私たち 人類だけのための惑星、だと! 礼讃。 ●Janiva Ellis ジャニバ・エリス 1987年オークランド・CA生まれ ブルックリン, NYとロサンゼルス, CAに在住 https://www.whitney.org/exhibitions/2019-Biennial?section=17#exhibition-artworks https://47canal.us/artists/janiva-ellis ◆ 彼は初めて世界を見るかのように、あたりを見まわした。世界は美しかった! 世界は多彩だった! 世界は珍しくなぞに満ちていた! ここには青が、黄が、緑があった。空と川が流れ、森と山々がじっとしていた。すべては美しくなぞに満ち、魔術的だった。そのただ中で、彼シッダールタ、目覚めたものは、自分自身への道を進んでいた。このすべてが、この黄と青が、川と森が初めて目を通ってシッダールタの中に入った。それは、もはやマーラ(魔羅)の魔法ではなかった。マーヤの薄ぎぬではなかった。多様をさげすみ、統一を求めて深く思索するバラモンのけいべつする、現象界の無意味な偶然な多様ではなかった。青は青であった。川は川であった。シッダールタの中の青と川には、神性を有する一つのものがひそんで生きていたとはいえ、ここは黄であり、青であり、かしこは空であり、森であり、これはシッダールタであるということこそ、神性を有するもののありようであり、意味であった。意味と本質はどこか物の背後にあるのではなく、その中にいっさいのもののなかにあった。(ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』 高橋健二訳 p-46) ◆ 愛情をこめて彼は、流れる水を、透明な緑を、水の神秘な模様の透きとおった線を見つめた。底の方から光る玉があがって来、静かなあわが水面に浮かび、青空を映しているのが見えた。川は無数の目で、緑色の目で、白い目で、透明な目で、空色の目で彼を見た。どんなに彼はこの水を愛したことだろう! この水はどんなに彼をうっとりさせたことだろう! どんなに彼は水に感謝したことだろう! 川の中に新しく目ざめた声が聞えた。その声は彼に、この水を愛せよ! この水のそばにとどまれ! この水から学べ! と言っていた。ああそうだ、この水から学ぼう、この水に耳を傾けよう、と彼は思った。この水とその秘密を理解するものは、多くのほかのことをも、多くの秘密を、いっさいの秘密をも理解するだろう、と思われた。(ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』p-108) Neil Young - Mother Earth (Live) ◆ 「おん身も」とシッダールタはあるときヴァズデーヴァにたずねた。「おん身も川から、時間は存在しないという秘密を学んだか」ヴァズデーヴァの顔は明るい微笑に包まれた。「確かにシッダールタよ」と彼は言った「おん身の言おうとするところはこうだ。川は至る所において、、源泉において、河口において、滝において、渡し場において、早瀬において、海において、山において、至る所において同時に存在する。川にとっては現在だけが存在する。過去という影も、未来という影も存在しない」(ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』p-114) #
by nyckingyo2
| 2019-10-03 06:54
| 浮遊的散文詩歌
メロス=山本太郎は激怒した。必ず、かの邪知暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮らしてきた。けれども邪悪に対してはひと一倍に敏感であった。きょう未明メロス=太郎は村を出発し、野を越え山越え、十里(約39キロ)はなれたこのシラクスの市にやってきた。
(『走れメロス』太宰治 ポプラ社・日本の名作文庫・p-4) 僕がスクリーンの山本太郎とはじめて出会ったのは、MoMAのSci-fi映画特集で、深作欣二の名作『バトル・ロワイアル』を、満員のアメリカ人たちと見たときだった。NYプレミア上映は、9.11のショックがまだ癒えない、イラク戦争が始まったばかりの時期だったと思う。中学生のおおぜいが意味なく凄惨に殺されていくたびに、客席からため息と憫笑が漏れる。このあたりの客の反応は新宿の映画館で見てもおなじだろうが、さすがそのときのニューヨーカーは、イラクへ理不尽な報復をふきとばすように、最後のシーンまで笑いを途絶やさなかった。暴力映画はほとんど見ないが、見ないでいると戦争(国家間暴力)の本質は観えてこない。金魚は映画の最後まで起こりつづける無意味な中学生殺人の地獄が、深作のどぎついブラックジョークを媒介にした真剣勝負だとわかって、決して笑うことができなかった。 この映画『バトル・ロワイアル』には、公開から20年たらずの未来に当たる現在(2019年)の列島の状況がみごとに具現化されている。増えつづけている子どもを含めた若年層の自殺過多、そしてまったく意味のない子どもの殺戮の連続を、激しく言い当てている。子どもの自殺には必ずいじめが絡む。3.11のフクシマ原発事故以来、子どもたちの命は国家による『いじめ』によって、さらに羽根のように軽くなり、宙空に消えていく。意味もなく子どもが殺されていくシーンは、原発にからむ利権のために大量殺戮を企てつづける国と財界、東電を象徴している。更にアメリカの指示通り、憲法改変、徴兵制までを企てる現政権の姿勢は、かっての戦後民主主義が完全に崩壊したことの実証である。 放置しっ放しのフクシマの爆発事故の跡は、ただでさえ少子化の進む列島の子どもだけでなく、世界人類の意識を放射性物質の危機から離さない。おまけに環境省は、やっとこさ回収した放射性物質を全国の農地にバラまくと息巻いている。ヨーロッパの専門家は、国が震災がれきの広域処理にこだわるのは、西日本の子どもの発ガン率を上げて、福島近郊の子どもの発がん率上昇を隠すため、と原発事故当初から公言している。少子化の進む国家による、無意味なる子どもの虐殺ごっこが具現している。 今年(2019)に入って、銃乱射事件の大元である宗主国アメリカ顔負けの子ども虐殺事件がつづく。深作のほとんど遺作といってもいいこの作品の真意は、そのアメリカに完全隷属しているゆえに起きている、列島での異常な子ども虐待と殺戮を痛烈に批判したものだ。 映画『バトル・ロワイアル』のラストシーン、最後の3人にまで生き残り、当時25歳だった山本太郎の演じる、ほとんど主人公の役割である中学生・川田章吾は「最後に、ええ友だちに会えてよかった」と関西訛りでつぶやいて眼を瞑る。このシーンをイメージするために、昨年もMoMA映画館に戻った。最近もこの映画を何度も観つづけているのは、国会で孤軍奮闘する山本太郎の雄姿を見て、宿命的にこの映画の続編のように感じているからだ。 その後現実の列島で原発事故が起こり、その最大の被害者である子供たちを、僕たち無気力な大人は、まったく護ることができない。護ろうという意識すらもきれいに消え去ってしまった。 そして子どもの自殺者数も更に増え続ける、国の未来を嘆いた山本太郎は、芸能界から村八分になりバトルの場を参議院に移した。そのときすでに最後に会えた『ええ友だち』のすがたはなかった。 それから6年の闘いで、ほとんど腰砕けし、狂信的な政権奪還思考と集団自殺思考で消え入るようなバトルをつづける野党のなか、国民全員を救うために孤独な闘いをつづけた。だれも助けてくれなかった。無惨に引き裂かれ、裏切られつづけて、それでも孤軍でできる闘いをつづけた。その列島の全体を地球の裏から見ていると、いったいほかのだれが真剣に王を追い落そうとしているのか、思い当たる節は皆無である。 「王様は、人を殺します」 「なぜ殺すのだ」 「悪心をいだいている、というのですが、だれもそんな悪心を持ってはおりませぬ」 「たくさんの人を殺したのか」 「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それからご自身のお世継ぎを。それから妹さまを。それから妹さまのお子さまを。それから皇后さまを。それから賢臣のアキレスさまを」 「おどろいた。国王は乱心か」 「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信じることができぬというのです。きょうは六人殺されました」 聞いてメロスは激怒した。「あきれた王だ。生かしておけぬ」(『走れメロス』p-5) メロス=太郎は王城で警吏に捕らわれ、王の前に引き出された。 暴君は落ちついてつぶやき、ほっとため息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」 「なんのための平和だ。自分の地位を守るためか。」こんどはメロスが嘲笑した。「罪のない人を殺して、何が平和だ。」 メロス=太郎は妹の結婚式に向かって走りはじめた。3日後に必ず戻るという王との約束のために、人質となった親友=セリヌンティウスの命を救うために、そしてなんと戻ったあと、王に自らの命を奪われるために、メロス=太郎は全速力で走る。 道行く人を押しのけ、はねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原での酒宴の、その宴席のまっただなかをかけ抜け、酒宴の人たちをぎょうてんさせ、いぬをけとばし、小川を飛び越え、少しづつ沈んでいく太陽の、十倍も早く走った。(『走れメロス』太宰治 p-19) 山本太郎は比例で出馬した。特定枠の1位2位に虐げられた障害者たちを立て、山本太郎がさらに走りつづけるためには、比例区で3人以上を当選させなければならない。5人で500万票。全国的な組織のない『れいわ新選組』がそれだけの票を獲るのは至難の業である。 それでも「凄まじい勢いで国家の破壊が進んでいる。当事者(障害者)を国会に送り込むのは喫緊の課題。」メロス=太郎は魂のこもった言葉で力説をつづける。 メロス=太郎《背水の陣》! けっこうじゃないですか! れいわ新選組の陣立てを、漢の劉邦の部下、名将韓信が趙と戦ったときに、わざと川を背にして陣をとり、退けば水に溺れるところから、味方に退却できないという決死の覚悟をさせ、敵を破った《背水の陣》の故事に例える。 太郎は二千の軽騎兵に『れいわ新選組』のピンク色の幟を持たせ、小道から趙軍の陣営(自公の選挙区)の後ろに回って待ち伏せさせ「趙軍は我らが敗走したと見れば追撃してくるだろう。その時あなた方は無人となった趙軍の陣営に入り込み、趙の幟を抜き取ってれいわ新選組のピンクの幟を立てるのだわさ!」と指示する。趙軍(自公)は背水の陣の太郎本隊を攻めあぐね、被害も増えてきたので嫌気し、いったん城(選挙区)へ引くことにした。ところが城の近くまで戻ってみると、そこには大量のれいわのピンクの旗が立っていた。城にはわずかな兵しか残っておらず、趙軍が太郎本隊と戦っている隙に支隊が1人選挙区を攻め落とし、太郎の推す野党候補が当選したという。 ふと耳に、潺々(せんせん)、水の流れる音が聞こえた。そっと頭をもたげ、息をのんで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上がって、見ると、岩の裂け目からこんこんと、なにか小さくささやきながら、清水がわき出ているのである。その泉に吸い込まれたようにメロスは身をかがめた。水を両手ですくって、一くち飲んだ。ほうと長いため息が出て、夢からさめたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労回復とともに、わずかながらの希望が生まれた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、木々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は信じられている。私の命などは、問題ではない。死んでおわび、などと気のいいことはいっておられぬ。私は、信頼に報いねばならぬ。いまはただその一事だ。 走れ! メロス。(『走れメロス』太宰治 p-18) ネットカフェで子どもを産み、そのまま棄てた女性、イジメを苦に自殺した子ども、両親に虐殺された子ども。さらにクニの放射能拡散政策で二重三重に虐殺されつづける子どもたち。この『豪華なジゴク』(安富歩)に繰り広げられる無数の悲劇を、山本太郎はときに泣き叫びながら走る。 いま『走れメロス』の文章をタイプしている僕の背後から、メロスの文章に命を賭けていた太宰治が覗きこんでいる風情が濃厚にある。太宰の霊は僕の打った文に誤字脱字や送り仮名がまちがっていないか、を綿密にチェックする。その魂を賭した太宰の姿に、同じく魂を賭して選挙を戦う太郎の姿がシンクロディスティニーして動きはじめる。 そしてその太宰と太郎のまた後ろに、実に多くの精霊たちがこのi-Bookの小さなモニターを覗き込んでいる空気がある。人類史上最多の死者を数えた第二次世界大戦の犠牲者たち=無数の霊がそこに存在されていることを感じる。彼らのほとんどは、つい一瞬前には、山本太郎の演台のうしろに集まり、かれに憑いていた霊たちである。 選挙という狂乱劇のなか、霊界からの革命が確実にはじまったと確信する。 そしてミヒャエル・エンデのことば: 上手な役者はペルソナとなり、仮面となります。まさに、そのことによって初めて、彼は観客に自己同一化を可能にさせるわけです。すなわち、観客はその仮面の背後の空所を、自分の自我で満たすことができるのです。観客は、その同一化を、いわば外部から体験します。 --ミヒャエル・エンデ 『ファンタジー神話と現代』 『優しいサヨク』である作家の島田雅彦氏は、山本太郎の著書評でこういう。 理想主義者の代名詞に「ドン・キホーテ」というのがあるが、山本太郎ほどこの称号にふさわしい男はいない。通例、揶揄のニュアンスが付いて回るが、徒手空拳で巨悪に突撃してゆく蛮勇こそ現在の政治家に最も必要とされる素質である。その理想は憲法に忠実で、あるべき政治道徳に則り、国民に安全で健康な生活を確保しようとする高潔なものだ。 国会には七百人以上の議員がいるが、山本太郎と何人かの例外を除けば、ほとんどの議員が多数派の頭数合わせと己が既得権益を守ることしか頭にない。山本太郎が理想主義者として浮いてしまうこと自体が政治の退廃、劣化の証左になっている。 山本太郎の六年間の議員活動はちょうど安倍政権の悪政と重なるが、この間に悪政があまりに自明のことになってしまい、有権者のあいだに諦めムードが広がり出した。もちろん、野党議員たちは国会や委員会で政府の対応を批判し、数々の疑惑に対する真相究明を続けているが、首相はじめ政権担当者たちは呼吸するように嘘をつき、公文書の改竄と偽造は当たり前、幽体離脱したかのように当事者意識を欠き、一様に記憶喪失に陥っている。もう少し道理を知っているはずの男たちも、破綻の予感を抱きながら、傍観している。政府は実質、自分で何かを決めたことも、率先して対策を練ったこともない人々の吹き溜まりである。 結果、財政破綻は秒読み、廃炉への道は遠く、放射能はアウト・オブ・コントロール、外交、安全保障政策も全て裏目に出た。無為無策の首相や子どもの使いの外相を置き去りにして、国際政治の謀略は容赦なく進行する。相手の厳しい次の一手には対応できそうもない。貧困問題もいよいよ深刻になり、生活苦を強いられた庶民のあいだから、怨嗟の声が上がる。純粋な理想主義者がムチを入れなければ、政府はピクリとも動かない。(山本太郎著「僕にもできた!国会議員」書評 by 島田 雅彦) 「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。まにあう、まにあわぬは問題ではないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいもののために走っているのだ。ついてこい! フィロストラトス。」「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、まにあわぬものでもない。走るがいい。」いうにやおよぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽くしてメロス=太郎は走った。メロスの頭は、からっぽだ。なにひとつ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力に引きづられて走った。陽は、ゆらゆらと地平線に没し、まさに最後に一片の残光も消えようとした時、メロスは疾風のごとく刑場に突入した。まにあった。(『走れメロス』太宰治・ポプラ社・日本の名作文庫 p-22) #
by nyckingyo2
| 2019-07-11 23:50
| 続・炉心溶融した資本主義
5月の太陽がとろけるように輝いて こっちも モトはと言えば『光子』なので 光がぶつかったところで とろとろとろけ会って まるで半透明人間のように 細胞たちが消えていきます まだらにぼやけはじめています まえからきた女の子が ぼくのまだら姿に一瞬おどろきますが 「ああ光子」とつぶやいて なにごともなく通りすぎる みどりの風が みどりの葉っぱをゆぅらぁしぃます こちらの葉たちも 太陽の光子とまざったところが やっぱり 半透明になり りんかくがあいまい まるで風が 葉っぱをとかしているみたい 5月の太陽も 5月のみどりの風も すごくくっきりと やってくるのですが この星にたどりついたとたん とけはじめます あそこにかがやいている雲もそうです まわりとどんどんとけあって とけたところから宇宙に帰ってゆく みんな 光子 みんな 光の子どもたち (May, 2019 @Central Park ) ◆ フリッツ=アルバート・ポップ博士: ”意識とはコヒーレント(共時的)なフォトン(光子)である。つまり、脳内だけで起こるものではなく、体のあらゆる部分(全細胞)に生じる全体現象である” 「意識とは光であり、その光は体全体から発せられている」 #
by nyckingyo2
| 2019-05-28 20:42
| 浮遊的散文詩歌
小 Japón 旅そのもの記(1)Osakaよりつづく。 『石が語る』 《石が語る》というのは私のラストネーム。その名前は自分で選んだ。なぜなら、私には若いころ出かけた土地について語る話があるから。けれど、いまの私はもうどこへも行かない。この場所、この土地、この大谷に、ただ石のようにすわっている。私は、めざしていたところへたどり着いたのだ。(アーシュラ・K・ル=グィン『オールウェイズ・カミングホーム』星川淳訳 上巻 p-17 ) ちかごろ京に出没しているグローバル観光鬼客の異常大群を避けて、たった半日という制限時間をつけて、京都を訪れました。朝から並んでギリギリその日の午後最終の桂離宮参観にすべりこみセーフ。半世紀ぶりに訪れた離宮には、さまざまな思惟を即されました。最終的には、初体験のときにもはっきり感じたように、未来と彼岸の世界とに密接に繋がった、コンセプチュアルな現代日本(いま)を表現しつづけている、思惟深い離宮でした。 タウトが第一次大戦後、頭のなかでアルプス山中に創ろうとしたユートピアは、そのときすでに日本に実在していたのです。数人の貴族階級の茶会のためだけでなく、そこに来たひとが『自然』の変化に応じて、普遍的な現代(いま)を表現できるというユートピア。そのひとたちに自然と平和をイマジンさせ、詩と物語を創らせ、そしてより深く思惟させる回遊式ユートピア庭園。そしてそれは戦争の世紀を越えて、現代から未来に向けて、さらに千変万化していきます。『石が語る』あるいは『思惟が語る』という副題でふたつの離宮の旅を回顧します。 十代の頃、父の蔵書のなかの古書=戦前に出版された幻想建築家ブルーノ・タウトの硬派の文章に感動し、20歳になってはじめて桂離宮を訪れました。今回そのおなじ敷石を踏み離宮の空気を吸うだけで、半世紀前の記憶が戻ってくるかも、という甘い期待。ついでに20歳の若い肉体とエネルギーまで戻って来ないかなぁ、など浅ましい願望。いやいやせめてボルヘスのように、若いときの自分自身と、チャールズ河に掛かる渡月橋の袂あたりで出会いたいものですね。 半世紀まえ、その京都の画学生が離宮に着いたとき、読みこんでいたタウトの古風な文章をなぞって、ほとんど子どもの幻想の世界に遊んでいたように思います。たとえばタウトが描いていた、池の亀が水に飛び込む音が聴こえてきて、しばらく亀を捜しまわってみたり…。眼で敷石の形を追いながら頭のなかでは、幻想の石(実際に踏んでいる石のコピペ)を使った石蹴りゲームに興じておりました。 コピペされた幻想の石は、石である自分自身を語ります。大きさからいって、かれはとても重そうでしたが、蹴鞠のように踵でぽんと蹴られると、かるがると舞いあがりました。大きな重い石は、重心を亜光速で変換しつづけ、地球という大きな重力場を取り込み、宙空に消えるまえに般若心経のいう『五蘊』のような、もやもや色受想行識の世界にたどり着きます。これは、敷石を蹴り上げればニンゲン/生命の存在を思惟し、ここに在るものはすべて波動であるという量子力学の幻想=現実です。成人式を迎えたばかりの子どもは、離宮で飛んでいます。しかしまぁ、若いときのインスピレーションとは、なんと回転の速いこと。タイムマシンを50年逆転させた団体ツアーの列に連なりながら、さらにまるっきりの子どもに還って、蝶々になって離宮の庭のあちこちを飛びつづけております。 その50年のあいだも地球はまわりつづけ、21世紀のいまおなじ場所に戻ってきて、おなじ敷石を踏んでいるはずなんだけど、若かったそのときの敷石の幻想とは、どこかほど遠いのです。不思議なことに今回は、石を追えば石が消え、そこにあるかたちを追えばかたちが消え、音を追えば音までもが消えいりそうになります。これはどうしたことでしょう。 アルプスの地殻深くから宇宙にむかって建ちあげるユートピア幻想と、現実の労働者のための集合住宅建築のあいだを彷徨っていたタウトは、突然訪れた日本文化に対しても、極端な二元対比で分析しています。革命の夢を持っていたタウトは、1933年ナチスに追われてシベリア経由で敦賀にたどり着き、なんとその翌日、運命的に桂離宮と出会うことになります。 日本での多くの著書のなか『忘れられた日本』では、ほぼ同時代に建てられた『桂離宮と日光』を、明解に『芸術と俗物』と捉えて、極端な対比をしながら次のように語っています。 桂離宮の御殿や林泉のような精妙なものの本質を、わずかばかりの言葉で闡明(せんめい)しようとすることは、まったく烏滸(おこ)の沙汰であろう。 (中略)日光では眼は見ることにのみ終始したあげく、ついに疲れ果ててしまう。これに対して桂離宮では、眼は見るにしても眼だけで見るところのものは極めてわずかである。日光廟ではただ見るばかりで考えるものは一つもない。ところが桂離宮では、思惟がなければ何一つ見ることができないのである。小堀遠州の芸術は、眼を思想への変圧器にする、即ち眼は静かに観照しながらしかも思惟するのである。(B・タウト『忘れられた日本』篠田英雄/訳 p-42) さて21世紀の現代の二度目の桂離宮。日本に着いてすぐ東京と大阪のチョー清潔雑踏にもまれて、おまけに普段住んでいるニューヨークでは、さらに絶え間ない攻撃的雑踏に長期間、晒されていたおかげで、時差の混乱をも含めてオツムがかなり狂ってるようです。とくに日本に帰郷したときにいつも起こるAI(Artificial Intelligence)-アーティフィシャル症候群がひどい。ありゃま〜、この二つの老眼目玉は人工臓器じゃないのに、雑踏風景の表皮しか見えなくなってしまったのでしょうか。グローバリズム=『全地球がまだらに都会化』の影響で、ここ京都の郊外の『桂』という静かな街に着いても、大都会の喧噪が頭の中にこびりついているという被害妄想にかかっています。 庭園に入っても細部に接していく過程で、眼は庭の表層しか追いかけられません。敷石、苔、キリシタン燈籠、前に座するひとと目が合わないように設計された卍形の待合ベンチ、そして風情を尽くした茶室や樹々も、すべて地球の表皮に過ぎないじゃんか。団体の最後列にいた僕のすぐうしろからタウトがやって来て、そうじゃない!『眼』で見ないで『こころ』で見ろとせっついてついてきておりまする…。 『桂離宮では、思惟がなければ何一つ見ることができない』。はは〜 アメリカ発信の『グローバリズム経済』とやらは、IT界を相互に捲きこんで荒れ狂っています。ゲンダイジンはすでにものごとの表層しか見えなくなってきた? いや見なくなってきた? 手前勝手な被害妄想に侵され、せっかく離宮に着いたのに僕の眼にはやはりお掃除をし過ぎた敷石、現代の若者のヘアスタイルのように複雑に刈り込まれた樹々たちが、ホンの表層にある『現代』を辿っているようにしか見えません。『超清潔』を求めるゆえに、離宮の表層はいまや見えないマイクロ・プラスティックスでコーテングされたようです。さらにいえば、そのコーティングとは『カネ』という実に即物的なモノのみで覆われ輝いているのです。私のなかのゲンダイジンが眼だけで被写体を追いつづけ、ますます表層しか見えなくなっていきます。 半世紀前に見たときの離宮と対照的な感覚があります。たった50年経ったからといって、そこにある自然をひとの意識のなかに象徴的に目覚めさせる秀逸の造形はかわらないはずですが。若すぎるほどの感性で捉えた『自然』は、ごくごく『自然』に離宮での視覚ととけ込んでいき、ほとんどが幻覚になっていても、すんなり離宮の本質=思惟に近づくことができたのです。 今回は江戸期のアーティフィシャルがむき出しのまま見えたり、なにより現代の『植木屋さん』や『お掃除をするひとたち』の作為が、庭の表面に垣間見えています。清潔を非難するわけではありませんが、やはりAI病に感染しているかも。離宮の庭を、数日前に体験した丸の内のビル街のピカピカの清潔感とくらべるのは異常なのでしょうか。 『思惟が語る』 突然、天空に台風の残り風が大量の秋の雲を押し寄せ、世界の光量が縮小されます。軽く流れているはずだった雲たちは、庭園の水に映り込んで『海』のように重くなり、『天橋立』という名勝の呼び名のある一角が、まるで嵐の中の鳴門海峡のように不穏な色に染上がりはじめます。庭が不穏なのではなく、雲と風という表裏ふたつの天の采配が、その池(即ち海のような、あるいは怒涛のような)を、いままでとはまったくちがったものとして見せているのです。離宮の空気がその采配を感じたとたん、眼に見えにくかった部分からメタモルフォーゼがはじまります。『眼を思想への変圧器にする』 しかし桂離宮は、精神的要求を充たしているばかりでなく、実用的有用的な方面をも剰さず包括しているのである。どこを見ても『これ以上の簡素を求めることは不可能である』と言わざるを得ない。しかし小堀遠州は『機能』に精神的な意味をも求めていた。林泉のあいだを通って茶室(松琴亭)に赴(おもぶ)く道は、哲学的準備である。最初に現れるおだやかな田園詩、せせらぐ流れと小瀑。そのあたりから厳粛な変貌がはじまる。荒磯に見るような礎石、岬の端、その外端に立つ一基の燈籠。峻厳な相を帯びた石は、訪れる人に『静思せよ!』と叱咤するかのようである。(p-43) いままで庭を眼で追うことから逃げることに集中して、太陽や雲や風や水という『自然』を庭園の附属物のように考えていた自分を恥じています。その表裏・雲と風という天の采配は、一瞬にして世界を(こころを)全面的に開花させました。ここは少なくとも『いままでの眼』にはまったく見えなかった世界です。天は、深く思惟しはじめたことがそのままの人格となって、今度はもう一度、戦争と平和の物語を語りはじめています。 茶室にいたる粗大な石橋、しかし身分の高下を忘れて打ちとけた茶礼の一座が、大きな方の部屋で懐石の膳につくと、かなたには再び小瀑の音が聞え、ここではじめて陽の光が落ちる水に燦々と注ぐのを見るのである。池中の岩に甲羅を干していた亀は、どぶんと音をたてて水中に沈んでいく。魚は水面に鱗を跳らせ、夏蝉は樹蔭に爽やかな歌をしらべている。お庭はこのあたりから、逍遥によい温雅な庭園の趣を呈する。『世界は実に美しい』。 ブルーノ・タウトは、第一次大戦の直後の1919年に『アルプス山中のクリスタル建築計画』を描き、計画しました。アルプスの地殻深くから、宇宙に向かってタワーを建ち上げ、隠されたユートピアを創ろうと考えました。それは秘密基地のように作動して人類を救うというイメージで、現代につながるコンセプチュアル建築の創始者といえます。ナチスに追われて日本に来た翌日に『桂離宮』に出逢い、17世紀竣工のこの離宮こそ実に日本の古典建築であり、アテネのアクロポリス、パルテノンにも匹敵すると絶賛。タウトは桂離宮の数週間前にギリシャを初来訪、このときの両者の比較も端的です。 ドナルド・キーン先生がまだNYに住まれていたとき、タウトが記した桂離宮と日光との対比を、5分ほどですがお話した記憶があります。この桂離宮=芸術、日光=俗物という対比はまったく的確だといわれていました。しかし、日本文化に対する自分とタウトとの意見の相違点を強調されていたように思います。タウトの論法は、時期的にも西洋の二元論に分裂していて、キーン先生が日本に持っているイメージとはずれている、と。 第一次大戦の敗戦後、戦勝国から莫大な賠償金を義務づけられたドイツは、工業化を促進、賠償金のため大都市に大きな工場を造ります。地方からの労働者は低賃金で働かされ、その住宅は監獄のようであったと記録されています。タウトはベルリンの住宅供給公社(GEHAG)の主任技師となり労働者の健康を考えた集合住宅(隣棟間隔をあけ、松や白樺を中心とした緑化、芝生も敷いた。)を設計・建設しました。これら多数の集合住宅群は世界遺産になったり、21世紀になっても賞などの再評価が進んでいます。タウトは労働者の味方になり、社会主義建築家として認められました。モスクワまで行き、台頭してきたナチスににらまれて「日本インターナショナル建築会」の上野伊三郎からの招きにより、ほとんど亡命のように来日します。 余談。大学に入学したとき、この上野伊三郎/リッチご夫妻の京都のお宅にお招きをうけたことがあります。リッチ夫人のドイツ語通訳をされていた伊三郎氏の実にやさしく実直な姿を思い浮かべます。ご夫妻が出会われたのはバウハウスの姉妹校『ウイーン工房』で学ばれたご縁。日本ではご夫妻で母校京都市芸大の図案科教授をされていましたが、私の入学時に退官され、直接教わることはできませんでした。一度の逢瀬でしたが、ご夫妻とは前世からの宿縁だと勝手に思いこんでおります。 タウトは3年間日本に滞在し、日本文化に対しての絶賛と、返す刀で非難への二元論をくり返します。その後イスタンブールに行き最期の建築の仕事をしますが、二年後に病没。第二次大戦の始まる前年のことでした。 タウトの生涯を感じながら、90年前に彼が歩いたとおなじこの『石の道』を歩いていると、ほとんどが戦争に挟まれた時間帯のかれの生涯で、こころが平和である刹那の繋がりを『ユートピア』と呼んで思惟していたのでしょう。アルプスの山奥の秘密基地でしか『平和』と叫べなかった時代。ナチスからの逃避行のすえ東洋のユートピア・桂離宮にたどり着いたことが、なによりそれを象徴しています。かれの没後、ヨーロッパとアジアは第二次大戦という『地獄』と化し、ユートピアは各人のこころのなかから一歩も外に踏み出すことはありませんでした。 私の心のなかの『離宮』は、やっとその心理的ユートピアとしての全貌を顕しはじめました。ここでは、思惟がなければ何一つ見ることができない。思惟が語っている方向からその石たちの歩みを見つめると、かっての八条宮からはじまる数々の人びとの足跡が滲み出てきます。私が生まれるずっと以前に死んだある人。人生の涯につながっている『死出の道』をたどっているような気になります。 私が生まれるずっと以前に死んだある人=総合ディレクターだった小堀遠州は茶道と禅を極めていて、ここを歩いたひとが、この回遊式庭園のあらゆる場所に宇宙的な『彼岸』を思惟し、体験できるように創られたのです。そしていちばん大切なことは多分、そのように彼岸を体験した人びとが、この石の道を歩くことによって、さらに新しく深い創造の世界に向かうということではないでしょうか。 『石が語る』あるいは『思惟が語る』 池の対岸から天橋立の方向に林立した巨石群は、まるでたくさんの霊魂が歩いているようです。世界中の多くの墓所の碑が『石』でできていることでも明らかです。あるいはこの庭を墓所と呼んでしまいましょうか。 夢枕獏は、小説『陰陽師(おんみょうじ)』の主人公・安倍晴明に、霊と呪についてこのように言わせます。 そこらの石にだって霊はある。 昔からかたちが似れば霊が宿るというが、それも本当だ。かたちもまた、呪の一種だ。かたちが似れば似るほど呪も強い。たとえば人のかたちに似た石がある、それは石であるとともに人という呪もかけられている石だ。ということは石の霊が人の霊をわずかながら帯びることになる。それが人のかたちに似ているからと皆がその石を拝むことになれば、さらに強い呪をかけてしまうことになる。(漫画『陰陽師』岡野玲子・原作=夢枕獏 1巻 p-175) そしてこの回遊式庭園をぞろぞろと列を連ねて歩いている私たちも、霊の入った石たちの行列とそっくりさんです。コナーラクの太陽神寺院にある、石でできた大きな輪廻の輪がぐるぐるまわるように、桂離宮の庭を回遊して歩くことは『転生』のユートピアとしての理念を数多く携えています。転生の物語は、私たちの死後に与えられる大いなるユートピアではないでしょうか。その庭園にいて、石が語り思惟が語った言葉を聞くだけで、いつのまにか現世で見えた理念のかけらを寄せ集め、見事に具現した時空になっているのです。 台風の残り風と雲が押し寄せて世界が変化してから、思惟のなかにあるユートピアを考えるまで、ずいぶんの時間が経過したように感じていましたが、案内係の説明がよどみなく聞えているので、実はほんの一瞬のあいだに考えたことだったようです。この庭園に入ってからみんなでぞろぞろと歩き、外的に一時間たらずという時間が経っていますが、私の内的な時間帯でいえば、永遠といえるほどに充実してしまったという感覚があります。 ミヒャエル・エンデは『モモ』のなかで、私たちの時間を盗む灰色の男たち=時間どろぼうのことを描いています。新自由主義とやらの詐欺経済学が大手を振って巷を歩き、外的世界は私たちの時間をすべて自分たちの利権に変換する灰色の悪魔たちに牛耳られています。 人間から時間が疎外されていくのは、いのちが疎外されていくことであり、そう仕向けていく恐ろしい力が世界にある。しかし一方に、別の力が働いており、これが人間に治癒の作用を送ってくると、そこまで暗示したつもりです。 —ミヒャエル・エンデ『エンデと語る』 たとえばこのユートピア庭園を歩くことによって感じた輪廻転生の世界=私たちの内的な時間は、大きな治癒の作用を送ってきます。どんなに巧妙な手段を弄しても、私たちの『内的な時間』は盗むことなどできないのです。 私たちは内的な時間を尺度にすべきであって、外的な時間を尺度にすべきじゃないということだけは、再び学び直さなければなりません。私は『モモ』の中でそれを試みたわけですが、時計で測れる外的な時間というのは人間を死なせる。内的な時間は人間を生きさせるのです。 —ミヒャエル・エンデ『三つの鏡』 一瞬足もとの敷石の乱立に眼を奪われ、均衡をとり戻しつつもう一度歩いている巨石群に戻ると、さっきのように太陽と雲の移動によって、あるいは風や水のさざめきによって、石たちは人間のように、もしくはAIのように、お互いに語りあいながら、さらに速く動きます。タウトのいう革命のため、デモで歩いている群像のようにも見えます。 それは時代が進むとともに、さらに歩きつづけてしまう『現代』の混沌までを表現しています。そしてその石たちと樹々たち、空気たちはもちろん、その超大量の物質移動を思惟することすらもむずかしいようなグローバリズム社会、格差を極端に拡大する新自由主義経済の社会への移行をも表現しています。そういう眼で見れば、どこを歩いても、眼に入る石たちの存在はやはりほんの表層にすぎないのですが、石たちがお互いに語っていることを聴きとれたとき、それは直接、私たちの未来への能動的な思惟へとつながっていくのです。 最後に、この旅に唯一携えた本だけれど、ついにページを飛ばして乱読としてしか開くことがなかった、アーシュラ・K・ル=グィンの『オールウェイズ・カミングホーム』のなかから、詩編を引用します。すでに前稿からサブジェクトのひとつとして引用していますが、この名作は今年永眠されたル=グィンが、2万年未来の北カリフォルニアに住む『先住民』たちを描いた物語。たくさんの未来の先住民が記した、詩篇・散文・小説を含んだ壮大な幻想です。冒頭に掲げた未来の先住民女性《石が語る》の物語が一番多く書かれています。 テリーナ・ナの《蛇紋石》ヘイマスより。〈言葉の川〉作。 死につながらない道。 彼はそれを探しにいき そして見つけた。 それは石の道。 死につながらない道 彼はそれをしばらく歩き そして止まったら 石に変わっていた。 死につながらない道の上 どこへ向かうでもなく。 彼は踊れない。 その両目からは石が落ちた。 長い足で足どり軽く、その道を横切り 四つの館から 五つの館のダンスへと。 彼らは彼の涙を拾う。 彼の目からこぼれた、この石を 私は山で授かった 私が生まれる前に死んだある人から この石、この石。 (アーシュラ・K・ル=グィン『オールウェイズ・カミングホーム』 星川淳訳 上巻 詩・第二部 p-208) 小 Japón 旅そのもの記(3)Tokyoにつづく。 #
by nyckingyo2
| 2018-12-12 23:55
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